約120年前に伊藤春次郎が創業した、羊毛と綿製品を扱う伊藤春商店から、次男清次郎が、のれん分けで綿製品を扱う伊藤清商店を立ち上げました。
1917年(大正6年)のことで、現在に続くアイトスの誕生です。日本が不況にあえぎ、世界では帝政ロシアが倒され共産主義が台頭した年でした。
その後100年を見通すと、戦前は物資不足で思うような商売ができなかった時代があり、敗戦を経て2代目の伊藤渡が焼け野原の大阪で再出発した店が、日本経済と軌を同じくして成長し、作業服業界で名を知られるようになりました。
1973年から2度にわたるオイルショックは手痛い打撃になったものの、3代目の伊藤清一による事業拡大の試みが功を奏して、業界トップグループに名を連ねるようになりました。その間の歩みは決して平坦ではありませんでしたが、時代に抗わず、先を見て柔軟に対応してきたことが今日のアイトスとなっています。
4代目伊藤崇行が舵を取るこれからの社会は、変化がますますスピードアップするでしょうが、しなやかに時代対応する姿勢を忘れず、皆様との共存共栄を目指して努力するつもりです。どうぞ皆様の、従前に変わらぬご支援とご厚情をお願いいたします。
1917年(大正6年)伊藤清商店、作業服製造卸を創業(大阪市北区富田町)問屋業
1950年(昭和25年)伊藤清商店設立(大阪市東区北久太郎町移転)
1957年(昭和32年)岡山工場開設(ナンバーワン縫製 倉敷市児島上之町)
1960年(昭和35年)伊藤清産業株式会社に社名変更
1961年(昭和36年)東京店設立(カジュアルウエア中心に販売)ビニロン学生服盛況
1962年(昭和37年)東京店開設(中央区日本橋浜町)
1964年(昭和39年)綿作業服の備蓄を開始
1967年(昭和42年)本社ビル建設(現本社ビル 当時としては大きい7階建)
1971年(昭和46年)ロスマン株式会社落合工場操業開始(パンツ工場 岡山県)
1972年(昭和47年)カラーワークウエア「ゼンロック」を展開
1973年(昭和48年)商品センター建設(東大阪市西石切町)
1974年(昭和49年)ユニフォーム事業売り上げ20億突破
1983年(昭和58年)ロスマン株式会社を拡張
1985年(昭和60年)2層構造糸チペア使いのウエアがヒット
1986年(昭和61年)徳島ロスマン(縫製工場)設立
1987年(昭和62年)伊藤清一社長に就任
1989年(昭和64年 - 平成元年)学生服部門分離 伊藤清ハトサクラ株式会社設立
1991年(平成3年)スラックス縫製工場高知ロスマン設立 綿BERS倶楽部発売
1992年(平成4年)アイトス株式会社に社名変更 中国遼寧省に縫製工場設立 札幌店開設
1993年(平成5年)ムーバルカラージャンパー発売
1994年(平成6年)上海愛依托斯時装有限公司(縫製工場)設立
1996年(平成8年)エコプロジェクトスタート 今治市天保山に今治店移転
1998年(平成10年)東大阪商品センター増築(計3800坪に)
2000年(平成12年)アイトス株式会社設立50周年 ムービンカット発売(50周年記念商品)
2001年(平成13年)ISO14001認証取得
2002年(平成14年)徳島ロスマン高知県に移転 さくらソーイングに名称変更
2003年(平成15年)アイティローレル株式会社をアイトスに統合し紳士服事業部発足
2004年(平成16年)売上100億突破
2005年(平成17年)群馬県高崎市に高崎商品センター開設 関西IT百撰に選出される
2005年(平成17年)紳士服RFID商品管理システム導入
2005年(平成17年)金華市愛博靴業有限公司開設
2006年(平成18年)ミャンマーに縫製工場開設
2007年(平成19年)岐阜県羽島市に岐阜営業所開設 セーフティシューズの生産販売開始
2007年(平成19年)大連愛龍服装整理有限公司開設
2008年(平成20年)売上150億突破 東京支店浅草橋自社ビルに移転
2010年(平成22年)設立60周年 ラオス第一工場開設
2013年(平成25年)大阪市きらめき企業賞受賞 ドイツA+A2013に初出展
2014年(平成26年)マスコットキャラクター アイちゃん、トスくん誕生
2015年(平成27年)売上200億突破 ハイナックを買収しハイナック事業部開設
2015年(平成27年)アイちゃん・トスくん「LOVE働く体操」TV番組放映開始
2016年(平成28年)高崎第3倉庫開設 ラオス第二工場開設
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